大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和56年(ワ)1664号 判決

原告

甲田太郎

右法定代理人親権者父

甲田正男

同母

甲田花子

右訴訟代理人

高田治尚

被告

乙山良

被告

乙山月子

右両名訴訟代理人

岡田基志

被告

沖田二二

右訴訟代理人

尾倉洋文

主文

一  被告らは原告に対し、各自金七〇〇万一、五六四円と、内金六四〇万一、五六四円に対する昭和五二年八月二八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告ら、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一、二五五万二、一四八円と内金一、一五五万二、一四八円に対する昭和五二年八月二八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  (被告乙山良、同乙山月子)仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告乙山良、同乙山月子(以下「被告良、同月子」という。)は訴外乙山良一(昭和四一年八月一日生、以下「良一」という。)の両親である。

(二) 被告沖田二二(以下「被告沖田」という。)は引野剣道少年団(以下「少年団」という。)の団長である。

(三) 原告(昭和四一年一二月三〇日生)及び良一は、後記事故時、少年団の団員であつた。

2  事故の発生

原告は、次の事故(以下「本件事故」という。)により、右眼について角膜切創、虹彩根部離断等の傷害を負つた。

(一) 原告は、昭和五二年八月二六日、二七日の両日、北九州市八幡西区所在の○○神社で実施された少年団の一泊二日のキャンプ(以下「本件キャンプ」という。)に参加した。

(二) 右キャンプの参加者は約三〇名、引率者は被告沖田であつた。

(三) 二七日、被告沖田の指導により、参加者は竹とんぼ等竹細工遊びをした。

(四) 良一は、被告沖田の命により、同人から手渡された竹とんぼの試験飛行を行つたが、横にいた原告に向つて飛ばしたので、竹とんぼは原告の右眼に当つた。

3  責任原因

竹とんぼはコントロール困難であるところ、良一は原告が横にいるにも拘らず、かつ原告に向けて飛ばした過失により、本件事故を発生させたが、当時満一一才で其の行為の責任を弁識するに足るべき知能を具えていなかつたものである。

なお、良一は、粗暴な性格で所謂腕白大将的存在であつた。

(一) 被告良、同月子の責任

被告良、同月子の両名は親権者として良一を監督すべき法定の義務があるものであるから、良一が原告に加えた損害を民法七一四条一項により賠償すべき責任がある。

(二) 被告沖田の責任

(1) 主位的主張

被告沖田は、少年団の団長かつ本件キャンプの引率者として、良一の両親から良一を預かつたものであるから、監督義務者に代わつて責任無能力者を監督する者というべきであり、民法七一四条二項の責任がある。

仮に、良一の代理監督者が引野剣道少年団後援会(以下「後援会」という。)であるとしても、同被告は、後援会に代わつて右事業を監督していたから、同法七一五条二項の類推適用により責任がある。

(2) 予備的主張

被告沖田は、原告が本件キャンプに参加するについて、原告及びその親権者との間で、原告の身体の安全を保証する旨約した。

従つて、被告沖田は、原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

4  治療及び後遺症

原告は前記傷害のため、通院治療(昭和五二年八月二九日から同年九月一三日まで及び同年九月三〇日から昭和五六年一二月一日まで)及び入院治療(昭和五二年九月一四日から同年九月二九日まで)を受けたが、本件事故前、原告の視力は裸眼で右1.5、左2.0であつたところ、昭和五六年一二月一日の症状固定時の視力は、裸眼で右0.1ないし0.2、左0.4となり、また、右眼は遠視性乱視、左眼は近視性乱視となつた。

後記新開発の眼鏡による矯正で、視力は右0.4、左1.2まで回復できるがそれ以上の回復は困難であり、両眼球は著しい調節機能障害及び著しい運動障害を残している。そのため、日常生活においても、飛球を捕球すること等は著しく困難である。

5  損害

金一、二六〇万一、四六一円

(一) 治療費

金七万三、一五八円

(1) 入院治療費

金六万一、二〇九円

(2) 通院治療費

金一万一、九四九円

(二) 入院雑費

金一万六、〇〇〇円

入院期間一六日、一日当りの入院雑費は金一、〇〇〇円が相当である。

(三) 将来の治療費(白内障手術費) 金二四万三、七二〇円

原告は、本件事故により、白内障をおこしており、将来白内障の手術を要し、将来の物価上昇を考慮すると、中間利息を控除すべきではない。

(四) 受傷に伴う費用

金四一万四、〇〇〇円

原告は、前記のとおり視力が低下したため、眼鏡等により視力の矯正が必要になつた。

(1) サングラス代

金一万五、〇〇〇円

(2) 眼境セット代

金二万九、〇〇〇円

(3) コンタクトレンズ代

金三万二、〇〇〇円

(4) 新開発眼鏡代一三回分

金三三万八、〇〇〇円

原告は、通常の眼鏡では用をなさないため、新開発眼鏡を必要とするところ、昭和五七年六月一六日から使用しており、耐用年数四年ごとに取替えるとすると六七才まで少なくとも計一三回購入の必要があり、一回分金二万六、〇〇〇円を要し、将来必然的な価格の高騰を考慮すると、中間利息を控除すべきではないから、合計金三三万八、〇〇〇円の経費を要する。

(五) 逸失利益

金八一一万四、〇〇四円

原告は、高校卒業後、一八才から六七才まで就労可能であり、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計男子労働者高卒計の平均給与額は月額二七万四、九二五円であるから、前記視力低下等による後遺障害等級は第一一級一号(自動車損害賠償法施行令別表3後遺障害等級表)に該当し、労働能力喪失率は二〇パーセントであるから年別複式ライプニッツ式方式により中間利息を控除して算出すれば、原告の逸失利益は金八一一万四、〇〇四円となる。

27万4,925円×12×(18.7605−6.4632)×0.2=811万4,004円(円未満四捨五入)

(六) 慰藉料

(1) 入、通院中の慰藉料

金三四万五、五七九円

原告は、前記入、通院により、多大な精神的苦痛を受け、右精神的苦痛を慰藉するには、金三四万五、五七九円が相当である。

(2) 後遺症に対する慰藉料

金二三九万二、〇〇〇円

原告が、前記後遺症により受ける精神的苦痛を慰藉するには、金二三九万二、〇〇〇円が相当である。

(七) 損害賠償請求に伴う費用

金一〇〇万三、〇〇〇円

(1) 診断書料

金三、〇〇〇円

(2) 弁護士費用

金一〇〇万円

原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、着手金及び報酬金各六五万円の支払を約し、着手金は既に支払済である。右弁護士費用のうち、本件事故と相当因果関係にある損害は金一〇〇万円である。

6よつて、原告は被告らに対し、各自、右損害合計金の一部である金一、二五五万二、一四八円と、内金一、一五五万二、一四八円に対する本件事故の後である昭和五二年八月二八日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告良、同月子)

1請求原因1の事実は認める。

2同2の事実は認める。但し、良一が原告に向けて竹とんぼを飛ばしたことは否認。

3同3のうち、良一が粗暴な性格で所謂腕白大将的存在であつたことは否認、原告に過失があること及び被告良、同月子の責任は争う。

4同4の事実は不知。

5同5、6は争う。

(被告沖田)

1請求原因1の事実は認める。

2同2の事実のうち、傷害の点及び良一が原告に向けて竹とんぼを飛ばしたことは不知、その余の事実は認める。

3同3のうち、良一が粗暴な性格であることは否認、被告沖田の責任は争う。

被告沖田は代理監督者ではない。すなわち、

(一) 後援会は、昭和四七年四月一日発足し、○○小学校校区に居住する者で小学生の子息を持つ親が自主的に形成した保護者の団体であり、その目的は、少年少女が剣道を通じて立派な精神と健全な体力を涵養することのできるよう指導育成することで、その活動は、毎年、総会に諮つて、年間行事計画を立て、或いは計画実行に際して奉仕指導者と協力して少年団を後援することで、その入会手続は、保護者が所定の申込書を後援会に提出し、同会の審査を経て受理された場合に会員となる。

(二) 少年団の指導者は、後援会の委嘱によつて団員たる小学生の指導、監督に当り、これは指導者のボランティア活動であり、無償で後援会会員の子息に剣道を教え、剣道を通じて少年の健全な精神と体力の涵養に努めるものであるが、剣道等の指導は後援会の行事計画に基いて実行される。

(三) すなわち、指導者は、後援会の総会において決められた計画の実行部門を分掌するものであり、右実行計画の中には、剣道の修業の外、子息に健全な精神と体力を涵養するという目的からして、各種の見学、キャンプ、ハイキング、海水浴等が組み入れられている。

(四) 本件事故時の団員数は七五名で、指導者は五名であつた。

(五) 指導者の団長(統轄者)は被告沖田であるが、同人の職務は、指導者の右職務の外に、指導者団を代表して、役員会や総会に出席して、行事予定計画に関する発案や行事結果の報告であり、右職務は、指導者の意見を後援会に反映させ、後援会と指導者が一体となつて奉仕目的を達成するところにある。

(六) 以上要するに、保護者と指導者が一体となつて、剣道の指導を通じて少年に健全な精神と肉体を涵養することが目的であつて、その目的に沿つて両者の協力関係を組織化したものが育成後援制度である。従つて、後援会と指導者は一体の協力関係にあり、保護者の干渉を排するものではなく、また、個々の保護者と指導者との間に、子息の指導、監督の委託があるわけではない。

4同4の事実は不知。

5同5、6は争う。

三  抗弁

(被告良、同月子)

原告の本訴提起の時は、原告又はその法定代理人らが、本件事故により生じた原告の損害及び加害者を知つたときである昭和五二年八月二七日から三年を経過していた。被告良、同月子は本訴において右時効を援用する。

(被告沖田)

1仮に、代理監督者であるとしても、被告沖田は、監督義務を尽くしていた。即ち、竹とんぼ遊びは通常危険性の全くない遊びであるところ、被告沖田は、少年ら団員に対し、小刀の使い方、竹とんぼの飛ばし方、飛ばす前に指導者の点検を経ること、人の顔の前で飛ばしてはならないこと等指導上の注意を与え、被告沖田が少年達の竹とんぼの製作指導、訴外岩崎隆が竹とんぼの点検及び飛ばし方の指導に当つていたもので、本件事故は、約半数の少年達が竹とんぼの製作を終えて点検を済ませ、飛ばしていた最中に一瞬にして起つた偶発的事故であつて、本件事故を防止するためには、指導者が個々の少年に付添つて、竹とんぼの飛距離を計算に入れて少年達を離れた位置に配置する等の措置を講ずる必要があるところ、竹とんぼ遊びの危険性の程度からみてそこまでの注意義務はない。

2原告の法定代理人らは、後援会に入会する際、原告に代わつて、後援会委嘱の奉仕指導者の指導上の過失に基づく原告の損害につき、免責する旨約した。

四  抗弁に対する認否

争う。

五  再抗弁

(被告良、同月子に対し)

1消滅時効の中断

被告良、同月子は原告法定代理人らに対し、昭和五四年四月二五日以来数回にわたり、本件損害賠償債務の履行を承認した。

2時効完成後の債務の承認

仮に右消滅時効の中断が認められないとしても、被告良、同月子は原告法定代理人らに対し、時効完成後である昭和五五年一二月二三日、昭和五六年一二月二二日の二回にわたり、本件損害賠償債務の履行を承認した。

六  再抗弁に対する認否

(被告良、同月子)

否認。

第三 証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2の事実(但し、原告の傷害の内容及び良一が原告に向つて竹とんぼを飛ばしたことを除く。)は当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、原告は、本件事故により、右眼について角膜切創、虹彩根部離断等の傷害を負つたことが認められる(但し、原告と被告良、同月子の間では争いがない。)。

良一が原告に向つて竹とんぼを飛ばしたことは本件全証拠によるも認められない。

三前記争いのない事実、〈証拠〉を総合すると次の事実が認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。

1後援会は、昭和四七年四月一日発足し、○○小学校校区に居住するもので小学生の子息を持つ親が中心となつて自主的に形成した保護者の団体であり、その目的は、少年達が剣道を通じて立派な精神と健全な体力を涵養することのできるよう育成指導し、それに必要な組織及び運営事項を定めることで、その活動は、毎年四月上旬、総会に諮つて、年間(四月一日から翌年三月三一日まで)行事計画を立て、或いは計画の実行に際して奉仕指導者と協力して少年団を後援することで、その入会手続は、保護者が所定の申込書を後援会に提出し、同会の審査を経て受理された場合に会員となり、会費は、本件事故当時、一か月金一、〇〇〇円であつた。

2後援会に入会した保護者の子息は、少年団の団員となり、右年間行事計画に従つて、剣道を主体として育成指導を受ける。

3少年団の指導者は、後援会の委嘱によつて団員たる小学生の指導、監督に当り、交通費等の支給及び年二回若干の謝礼を受けるものの(昭和五二年度において、指導者一人当り年間金一〇万八、〇〇〇円)指導者の奉仕活動たる性格を失うものではなく、団員に剣道を教え、剣道を通じて少年の健全な精神と体力の涵養に努めるものであり、剣道等の指導は後援会の行事計画に基いて実行される。

4すなわち、指導者は、後援会の総会において決められた計画の実行部門を分掌するものであり、右実行計画の中には、剣道の修練のみならず、子息に健全な精神と体力を涵養するという目的からして、各種の見学、キャンプ、ハイキング、海水浴等が組み入れられている。

5本件事故時の団員数は七〇ないし八〇名で、指導者は五名であつた。

6被告沖田は少年団の団長で指導者の統轄者であるが、同人の職務は、指導者の右職務の外に、指導者を代表して、役員会や総会に出席して、行事予定計画に関する発案や行事結果の報告であり、右職務は、指導者の意見を後援会に反映させ、後援会と指導者が一体となつて奉仕目的を達成するところにある。

7本件キャンプは後援会で決められた行事計画に基づくものであり、被告沖田と指導者岩崎隆が参加少年団員約三〇名を引率し、その他保護者七名が参加した。なお、右保護者七名は第一日目で帰宅し、本件事故当日は参加していなかつた。

8本件事故当日、被告沖田の発案による竹とんぼ等竹細工遊びをすることとなり、被告沖田は少年ら団員に対し、小刀の使い方、竹とんぼの飛ばし方、飛ばす前に指導者の点検を経ること、人の前及び近くで飛ばしてはならないこと等指導上の注意を与え、少年達の竹とんぼの製作指導、竹とんぼの点検を行つていた。そして、他の少年が製作した竹とんぼ(羽の長さ約一〇センチメートル、幅約二センチメートル)を手直しし、良一に手渡して試験飛行するよう命じた。

9良一は、被告沖田と原告の間(それぞれの間隔一メートル内外)に座して竹とんぼを製作していたところ、右のとおり試験飛行するよう竹とんぼを手渡されたので、人のいない場所に移動することなくそのまま座して飛ばしたところ、上に飛ばず左横に飛んでしまつたため、同じく座して竹細工をしていた原告の右眼に当つた。

10原告は、本件事故時、座して下を向いて竹笛を製作するのに夢中であつた。

11指導者らは原告に対し、目薬による点眼治療等をしたのみで病院へ連れていくこと等はしなかつた。

12良一は、本件事故当時、満一一才の小学校五年生であつたが、粗暴な性格で腕白大将的存在というものではなかつた。

右認定事実によれば、良一は、竹とんぼを人の近くで飛ばしてはならない旨被告沖田から注意を受けていたにもかかわらず、両横一メートル内外の所に原告及び被告沖田が座している状況で、自らも座したまま竹とんぼの試験飛行をして本件事故を発生させたものであるから、本件事故の発生は良一の過失によるものということができる。

また、良一は、当時、満一一才の小学校五年生であつたから、行為の責任を弁識するに足るべき知能を有していなかつたものと認められ、右認定を左右するに足るべき特別の事情は伺われない。

四  被告良、同月子の責任

1前記のとおり、本件事故発生当時、被告良、同月子は良一の親権者であつたから同人を監督すべき法定の義務を負担すべきところ、良一が当時行為の責任を弁識するに足るべき知能を有していなかつたから、同被告らは、民法七一四条一項により良一の違法行為による損害の賠償責任を負担するといわなければならない。

2被告良、同月子は、原告の本訴提起の時は、原告又はその法定代理人らが、本件事故により生じた原告の損害及び加害者を知つた時である昭和五二年八月二七日から三年を経過していた旨主張して消滅時効を援用するのに対し、原告は被告良、同月子は原告法定代理人らに対し、昭和五四年四月二五日以来数回にわたり、本件損害賠償債務の履行を承認した旨、また、昭和五五年一二月二三日、昭和五六年一二月二二日の二回にわたり、本件損害賠償債務の履行を承認した旨抗争するので、以下検討する。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉は前掲各証拠に照し措信し難い。

昭和五六年一二月二二日、原告訴訟代理人の事務所において、原告訴訟代理人、原告法定代理人甲田正男、被告良、同月子出席の上、本件損害賠償の支払について示談交渉をもち、その席上、同被告らは本件損害賠償義務の存在を認めたので、原告訴訟代理人において、被告沖田を含めて合計金六〇〇万円、各被告金二〇〇万円の示談案を示したが、被告良、同月子は検討する旨答え、翌日に持ち込されたが、結局成立するに至らなかつた。

右認定事実によれば、被告良、同月子の主張のとおり消滅時効が完成しているとしても、同被告らは消滅時効完成後に本件損害賠償義務を承認したものということができるから、同被告らが消滅時効の完成を知らなかつたとしても、本件消滅時効の援用は信義則に反し許されない。

五  被告沖田の責任

1前記三のとおり、被告沖田は保護者の団体である後援会から少年団の団員の指導、監督を委嘱され、少年団の団長たる地位にあり、本件キャンプにおいては引率者たる地位にあつたものであるから、被告沖田は民法七一四条二項の代理監督者として良一を監督すべき義務を負担しているものと解するのが相当なところ、指導者の監督、指導は奉仕活動であること、後援会と指導者は一体の協力関係にあり、保護者の干渉を排するものではないこと、個々の保護者と指導者との間に、子息の指導、監督の委託がないことをもつて、左右されるものではない。

2被告沖田は監督義務を尽した旨主張するので、以下検討する。

前記三のとおり、被告沖田は、竹とんぼ等竹細工遊びに先立ち、良一らに対し、小刀の使い方、竹とんぼの飛ばし方、飛ばす前に指導者の点検を経ること、人の前及び近くでは飛ばしてはならないこと等指導上の注意を与えていたもので、竹とんぼを飛ばすことは通常危険性が小さいこと、本件キャンプにおいては、指導者は被告沖田を含む二名で約三〇名の少年の指導、監督にあたつていたものであるから、指導者が個々の少年に付添つて右注意事項を遵守させることは不可能であることを考慮すると、一般的には、被告沖田は右口頭の注意をもつて監督義務を尽しているものと評価すべき余地があるけれども、飛ばした竹とんぼが眼に当ることは十分予見可能であるところ、本件においては、被告沖田が他の少年が製作した竹とんぼを手直しし、手渡しできる位置に座していた良一に試験飛行を命じ、良一はその位置で座したまま竹とんぼを飛ばしたものであるから、被告沖田は良一の行動により関心を持つて然るべきで、その行動を注視して事故の起らないよう監督することが可能であつたにもかかわらずこれを怠つたもので、被告沖田は監督義務を尽したものということはできない。

3被告沖田は、原告の法定代理人らは、後援会に入会する際、原告に代わつて、指導者の指導上の過失に基づく原告の損害を免責する旨約したと主張するので、検討する。

前掲甲第二四号証、丙第一号証の「引野少年団育成後援会会則」の一五条三項は「本会は総会に於て委嘱された奉仕指導者に対しては一切の責任を問わない。」と規定している。

本件事故当時の後援会の会長であつた証人松永勝吉の証言は、右規定の解釈について暖昧であり、被告沖田本人尋問の結果によつても明らかではない。その他右解釈に関する証拠はない。

そこで検討するに、少年団の活動は剣道が主体であり剣道は相手に対する攻撃を内容とするスポーツであるので、そのことによる事故の発生は十分考えられるところ、右は正当行為と評価されるものであるから、かかることによる損害について指導者は責任を負わないことを注意的に定めたものと解するのが相当であり、本件事故まで含むものということはできない。

その他、被告沖田の右主張を認めるに足る証拠はない。

従つて、被告沖田の右主張は採用し難い。

4よつて、被告沖田は原告の被つた損害を賠償する責任がある。

六  治療及び後遺症について

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、右認定に反する花子供述(一部)は前掲各証拠に照らし採用し難い。

1原告は、本件キャンプから帰宅後、病院を訪ね歩いたが、生憎、当日は土曜日で、翌日も日曜日であつたことから二日間医師の治療を受けることができず、右眼を氷で冷やして凌ぎ、昭和五二年八月二九日から同年九月一三日ころまで、田原眼科医院で通院治療を受けたが、右医院の医師から八幡製鉄病院で治療を受けるよう勧められ、同年九月一四日から同年九月二九日まで、右病院で入院治療を受け、退院後は、同年九月三〇日から昭和五八年八月ころまで、右医院及び病院で通院治療を受けた。

2原告の裸眼の視力は、本件事故前、右1.5、左2.0であつたが、本件事故により、視力が低下し、昭和五二年八月二九日、右0.02、左1.2、同年九月一四日、右0.5、左1.2、昭和五六年一二月一日、右0.1、左0.4、昭和五七年五月一八日、右0.1ないし0.2、左0.4、昭和五八年、右0.3、左0.4と推移し、結局視力低下の後遺症を残した。

3そのため、当初眼鏡で矯正したが、十分でなく、高校入試に備えて、コンタクトレンズで矯正することとしたが、コンタクトレンズ装着後一〇分位すると痛みが激しく、使用困難なため田原眼科医院の医師指定の眼鏡を使用することになり、昭和五七年六月一六日の矯正視力は、右0.5ないし0.6、左1.2であつた。

4原告は、左右の視力が異なることから、野球等に困難を感じる外、長時間の勉強により頭痛を起こし易い。

5視力低下の外、本件事故により、右眼は、外傷性白内障、虹彩根部離断のため瞳孔やや偏位、遠視性乱視、左眼は、近視性乱視の症状があるが、透光体、眼底等には異常はない。

なお、原告は、両眼球に著しい調節機能障害及び著しい運動障害がある旨主張するけれども、本件全証拠によつめも未だ認めるに足らない。

七そこで、以下原告が被つた損害について判断する。

1治療費

〈証拠〉によれば、原告は、前記入院治療費として金六万一、二〇九円、通院治療費として金一万一、九四九円を支出したことが認められる。

2入院雑費

前記認定のとおり入院期間は一六日であり、入院雑費は一日金七〇〇円が相当であるから合計金一万一、二〇〇円となる。

3将来の治療費(白内障手術費)

前記認定のとおり原告は右眼につき外傷性白内障が認められ、その手術を必要とするところ、〈証拠〉によれば、その手術費として金二四万三、七二〇円が必要であることが認められ、将来の物価上昇等を考慮すれば中間利息を控除しないことが相当である。

4受傷に伴う費用

前認定のとおり原告は視力が低下したため、眼鏡等により視力の矯正をしたが、〈証拠〉によれば、サングラス代として金一万五、〇〇〇円、眼鏡セット代として金二万九、〇〇〇円、コンタクトレンズ代金三万二、〇〇〇円、田原眼科医院の医師指定の眼鏡代として金二万六、〇〇〇円を支出していること、原告は、右医師指定の眼鏡が合い、昭和五七年六月一六日から着用しており、耐用年数四年ごとに取替え、六七才まで少なくとも計一三回購入の必要があるから合計金三三万八、〇〇〇円の支出を余儀なくされることが認められる。しかして、将来の物価上昇等を考慮すれば中間利息を控除しないことが相当である。

5逸失利益

賃金センサス(昭和五七年度)第一巻第一表産業計、企業規模計、男子高卒労働者、全年令平均賃金は年金三六六万五、二〇〇円であるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、高校卒業後、一八才から六七才まで就労可能であり、その得べかりし収益を年別複式ライプニッツ方式により中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すれば、前記認定の矯正視力左眼1.2、右眼0.5ないし0.6の労働能力喪失率を労働基準法施行規則別表身体障害等級表第一三級相当の九パーセントとして、金四〇五万六、四八六円となる。

366万5,200円×(18.7605−6.4632)×0.09=405万6,486円(円未満四捨五入)

6慰藉料

(一)  入、通院中の慰藉料

入、通院期間中の慰藉料は、前記認定の原告の受けた傷害の内容、程度、入、通院期間を総合すると金五〇万円が相当である。

(二)  後遺症に対する慰藉料

後遺症に対する慰藉料は、前記認定の後遺症の内容、程度、逸失利益、同人の年令等を総合すると金一一〇万円が相当である。

7診断書料

〈証拠〉によれば、原告は診断書料として金三、〇〇〇円を支出したことが認められる。

8弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告が本件訴訟を原告訴訟代理人に委任したことは明らかであり、本件事案の内容、1ないし7の認定額(金六四〇万一、五六四円)等諸般の事情に鑑み、本件事故による損害として原告が被告らに賠償を求め得べき弁護士費用相当額は金六〇万円をもつて相当とする。

9なお付言するに、弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五三年四月二五日、スポーツ障害保険により金七万二、五〇〇円を受領していることが認められるが、損害の填補として右金員を原告の損害から控除するのは相当でない。

八  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自右損害金七〇〇万一、五六四円と、内金六四〇万一、五六四円に対する本件事故後である昭和五二年八月二八日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用するが、仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さず、主文のとおり判決する。

(渡邊了造)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例